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~ 楽在一碗中 ~
料亭「吉兆」を一代で築き、日本料理と茶の湯に命を懸けた祖父・湯木貞一の背中を見て、孫の徳岡邦夫は何を学んだのか

料亭「吉兆」を一代で築き、日本料理と茶の湯に命を懸けた祖父・湯木貞一の背中を見て、孫の徳岡邦夫は何を学んだのか

孫から見た数寄者湯木貞一氏

料亭「吉兆」を一代で築き、日本料理と茶の湯に命を懸けた祖父・湯木貞一の背中を見て、孫の徳岡邦夫は何を学んだのか

著者は、京都吉兆嵐山店の三代目総料理長であり、吉兆創業者で大数寄者の湯木貞一氏の孫で、その孫から見た湯木氏のエピソードが中心の本です。

湯木氏は1930年(昭和5)に29歳で大阪西区に「御鯛茶處 吉兆」を開店させ、戦災から立ち直り、京都吉兆を始め各地にお店を作り、和食の名店としてゆるぎない地位を築きます。

また数寄者として、次々と茶道具の名品を手に入れ、1987年(昭和62)に湯木美術館を開館します。

印象深いのは、お茶に関することで、徳岡氏は裏千家業躰の濱本宗俊先生(唯一の女性業躰)に入門し、その稽古の厳しさと、湯木氏の米寿の茶事を手伝ったこと等が書かれています。

この米寿の茶事は、1989年(平成元)に行われ、掛物は佐竹本三十六歌仙「在原業平」や西本願寺本三十六人家集「石山切」、濃茶碗は大井戸「対馬」、薄茶碗に長次郎「きりぎりす」というため息が出るような取り合わせです。

茶道具を蒐集しても茶事や茶会を行わない方もいますが、湯木氏は茶事・茶会を数多く行い、しかもご自身が点前をしていらっしゃった茶人でした。

茶会の最高峰である、西の光悦会に5回、東の大師会に2回も釜を掛けた実績からもお茶人ぶりが窺えます。

巻末に、湯木氏と親交がありました大阪の谷松屋戸田商店の現店主である戸田博氏と徳田氏の対談があり、志野茶碗「広沢」を囲んでの湯木氏と茶道具の話が進み、こちらも道具好きはわくわくする内容です。

現在、湯木氏のコレクションは、大阪の湯木美術館で拝見することができ、選び抜かれた名品揃いということが分かります。

また、美術館の一階には、美術館に来た方が気軽に吉兆の味を楽しめるようにと、湯木氏が作りました和食のお店「茶寮 正月屋」があり、湯木美術館と併せてこちらもお薦め致します。

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書籍情報

タイトル
料亭「吉兆」を一代で築き、日本料理と茶の湯に命を懸けた祖父・湯木貞一の背中を見て、孫の徳岡邦夫は何を学んだのか
著者
徳岡邦夫
出版社
淡交社
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